米国が契約社会であることはよく知られていますが、NYのダイヤモンド商社の間では契約書を交わさず、口頭で価格に合意し、握手するのみという慣習が今でも続いているそうです。契約交渉や契約書の作成は詳細に入ると相当のエネルギーが必要となりますが、商人が互いを信頼するという意思・慣習があるおかげで、彼らのビジネスはとても効率的に進みます。これはユダヤ人社会という、単にビジネスのみならず、宗教的・社会的な繋がりもあるコミュニティなればこそ成り立つことですが、信頼と誠実さはビジネスにとって良い結果を生み出し、互いの利益に繋がることを物語る話です。
カリスマ投資家として知られるウォーレン・バフェットも、信頼できる相手から企業を買収する際には、デューデリジェンス(買収監査)を簡略化することがあり、それによってお互いに余計な時間やコストを掛けずに済んでいます。
信頼の信とは「人ベンに言う」と書きます。人間の「言うこと」が信じられるかどうかが問われるのは、政治でもビジネスの世界でも同じです。人から信じてもらうには、嘘をつかないこと、隠し事をしないこと、人に迷惑を掛けないことは当然ですが、相手の置かれた立場などに配慮すること、「言ったことを実行する(約束を守る、言動一致)」ことがとても大事な要素です。
約束を守る為には、自分の能力や置かれた状況、自分に対する相手の期待レベルも鑑みて、安請け合いしないように務める一方、一旦交わした約束はそれを果たす為に全力を尽くす、という姿勢が重要です。
また、「言うことが正しいか(明確で分かり易いか)」という視点もあります。ビジネスの世界では、一つ一つの説明・報告や方針・結論を簡潔に分かり易く伝えること自体、必ずしも容易ではありませんが、綿密な調査・準備と最善の努力を惜しまないことが、信頼・信用の醸成を助けます。
一方で、信頼は非常に壊れ易い、不安定なものでもあります。一つの不誠実な行動で信頼が一瞬にして壊れてしまうこともあり、相互の些細な誤解によって信頼が傷つくこともあります。一旦信頼が傷つくと、コミュニケーションが疎遠となり、用心深さや不信感とも相俟って、情報伝達のスピードや効率が低下し、個々人の能力発揮にも影響を及ぼします。即ち、「摩擦係数」が高まり、上記のNYの例で言えば、取引コストが高まることになります。
信頼という言葉はソフトなイメージを与えますが、それをつくり出し、維持するにはハードワークが求められます。信頼とは、人間の活動の基本であり、相互の「摩擦係数」を小さくする為の潤滑油です。信頼は組織の発展と個人の成長に直結する、ということを組織構成員全員が理解し、信頼関係の維持・向上に向かって努力を惜しまないことの大切さを改めて確認しておきます。