我々が仕事をする上で必要不可欠なことが「議論」です。これは「戦わせるもの」というよりは、お互いの考えを上手く「引き出し合う」キャッチボールのようなものと捉えています。お互いの距離感によっては、ストレートに剛速球を投げ合っても良いでしょうし、状況によっては慎重に言葉を選ぶ(柔らかなボールを投げる)必要もあります。大事なことは伝える(ボールを上手に捕球してもらう)努力と相手を理解する(どんなボールが来ても受けとめる)努力です。
誰もが細心の注意を払い、スキル向上のための最大限の努力を厭わなければ、我々のコミュニケーション能力はもっと高くなり、議論はもっと円滑かつ効率的なものとなります。我々が仕事で議論するのは、課題に対する解決策を見つける為であり、それは「知恵を出す」という行為です。
人間が「知恵(ナレッジ)を産み出す」という行為を、野中郁次郎先生は「知識創造企業」という本の中で、4段階のプロセスとして説いています。一つめは、暗黙知から暗黙知です。暗黙知とは、「言葉にならない知恵や経験知」という意味で、言葉によらず、これを伝えるのは「以心伝心」のようなことです。事例としては、動物的カンに優れた長嶋監督の打撃の指導方法が挙げられ、言葉ではなく、ジェスチャーを交えるなどして何かを伝える、というものです。
二つめは暗黙知から形式知です。まだ言葉になっていない経験知や肌感覚のようなことを何らかの方法で言葉(形式知)にして伝えることです。会議中の議論や酒場でのワイガヤの成果として、空中に浮かんでいる良いアイデアを言葉に落とし込むことなどがこれに当たります。
三つめは、形式知から形式知です。文書や言葉になったものをその形で伝達・共有することを指します。
四つめは、形式知から暗黙知です。伝えられ、共有された形式知を基に新しい暗黙知を生み出すプロセスです。長嶋監督と対極的な野村監督の指導方法がこれに当たります。自身の経験知を体系立てた言葉にして選手に伝え、その選手は自らの「気づき」も含めてそのナレッジを自分の体の中に取り込んで、新しい暗黙知をつくり出します。
以上の4つのプロセスによって、我々は「知」を伝達し、そこから新しい「知」を創造する、という理論です。これら4つのプロセスが滞ることなく、円滑にグルグルと回る組織は様々な課題に対して適切な「解」を出し、それを実践出来る組織になりますが、このプロセスは努力なしに回る訳ではありません。
会議の際に、優れたリーダーやファシリテーターが居ると議論が円滑に進むように、一定のスキルが必要です。各人の努力や意識の高さによっても議論のレベルは上げられます。職場の空気が「自由闊達」であることは、このプロセスを円滑に回すことに直結します。お互いの意見をリスペクトし、上下関係を気にせず、自由な議論が出来る雰囲気は、組織構成員の全員が意識して作り上げていく必要がある、大事にすべき組織風土です。